日本で誕生した革新的な酸化制御技術「MA-T」とは
MA-T(Matching Transformation System/要時生成型亜塩素酸イオン水溶液)とは、日本で誕生した酸化制御技術です。亜塩素酸イオンから水性ラジカルを生成させることで、新型コロナウイルスをはじめとしたウイルスや菌などを不活化します。
アルコール消毒のように手肌が荒れるといったことはなく、塩素系消毒のように匂いなどがキツくないという特徴を持つMA-Tは、感染症対策のための除菌・消臭剤が既に製品化されているほか、エネルギーやライフサイエンス、衣料、素材開発などへの広範囲な応用も期待されています。
さらにMA-Tからは、日本のエネルギー問題を解消し、地方創生にもつながる新たな技術も生まれています。それが、二酸化塩素とメタンガスを特殊な溶液(フルオラス溶媒)に溶かし光(紫外線)を当てるだけで、液体燃料である「メタノール」と水素ガスを安全に貯蔵輸送できる液体である「ギ酸」へ常温・常圧で変換できるという技術です。
この技術を生んだのは、大阪大学先導的学際研究機構に所属する大久保教授(光化学専門)とその研究グループでした。
※フルオラス溶媒とは
炭素とフッ素原子のみから構成される溶媒。ガスの溶解度が非常に高く分解しにくいことからガスを用いた化学反応には最適な溶媒であり、電子機器の洗浄などにも用いられている。
MA-Tの有効成分である二酸化塩素の化学反応を研究
MA-Tと大久保教授との出会いは2016年のことです。MA-Tによる除菌・消臭剤の開発を進めていた株式会社エースネットが大阪大学に訪れ、「MA-Tに含まれている成分がなぜ除菌・消臭に効くのかわからないので、そのメカニズムを調べてほしい」という依頼を受けたのです。
この依頼を受けMA-Tの組成を分析してみますと、有効成分にたどり着き、それが活性種の水性ラジカルだと判明しました。水性ラジカルがウイルスや菌などにぶつかることで除菌されるわけです。
除菌・消臭剤は安全な状況で使わないといけないため、非常に低い濃度で制御されていますが、化学反応ではそれをうまく取り出し大量に使うことで、これまでなかった反応ができるのではと大久保教授は考えました。
二酸化塩素は古くから知られている化合物ですが「取り扱いが比較的簡単で水に溶ける珍しいラジカル」ということが判明し、「それなら、さらに新しい化学反応が見つかるかもしれない」と考え研究を重ねていったのです。
メタンガスからメタノールが生成される“ドリーム反応”を発見
二酸化塩素には黄色い色が付いています。そこで、「色が付いているなら光を当てたらどうなるのか」と大久保教授は考えました。二酸化塩素は光(紫外線)で分解することは知られていましたが、それが化学反応に使えるかどうかは誰も実験をしていなかったのです。
そこで、二酸化塩素とメタンガスを特殊な溶液(フルオラス溶媒)に溶かし光を当てると、液体燃料のメタノールとギ酸に常温・常圧で変換する反応を見いだしました。大久保教授の研究グループでは実験の都合上、LEDの光を当てましたが、ただ太陽光を当てるだけでもメタノールがどんどん生成されていきます。
これは二酸化塩素がメタンと反応することによって起こるのですが、化学の中でももっとも難しい反応のひとつとなっています。「常温・常圧で余計なエネルギーを使わず化学反応を生み出せる、“ドリーム反応”と呼ばれているもの」と大久保教授は話します。この“ドリーム反応”に世界で初めて成功したのが2018年のことでした。
ガスタンクを考えてみてもわかるように、メタンガスを気体の状態で保とうとすると巨大な施設が必要になります。しかし液体のメタノールであれば、同じエネルギー量で非常に小さい容器で保管できるようになります。
また、メタンガスをタンカーなどで運ぼうとすると液化しなければいけません。ただ、メタンガスを液化するためにはマイナス163℃以下で保存する必要があり、冷却するためだけに大量のエネルギーを使う必要があります。
その点、メタノールでは常温でも液体であるためにエネルギーを使わず運搬ができ、運搬コストも飛躍的に下げられるわけです。
バイオガスから生成されるメタンガスに着目
メタンガスをメタノールに変化させる反応を発見した大久保教授と研究グループでは、この“ドリーム反応”の活用について様々な検討をしています。
近年、日本近海にはメタンハイドレートが大量に埋蔵されていることがわかってきました。ただ、それをエネルギー資源として掘削できるようになるのはまだまだ年月を要します。そこで、メタンハイドレート以外に国内にメタンガスはないのか探していくと、乳牛などの家畜から排出されるバイオガスに行き当たりました。
北海道の酪農地帯では、飼育されている乳牛から大量のふん尿が排出されています。牛1頭に付き1日あたり60kgくらいのふん尿が排出されていますが、これを北海道ではバイオガスプラントという施設でふん尿を発酵させてバイオガスを生産しています。
現在はこのバイオガスに含まれているメタンガスを燃やして発電機で電気に変え、電力会社に売却することでコスト的にギリギリ成り立っています。なぜ成り立っているかというと、バイオマス発電による電気は1キロワットあたり39円で電力会社が買い取ることが決められているからです。この価格は、太陽光などと比較すると非常に高い買取価格となっていますが、その差額は固定価格買取制度(FIT)より税金で補填されています。
ただし、このFITのバイオマス発電のカテゴリーは調達期間が20年と決まっています。北海道のバイオガスプラントは建設されてから10年は経過しているものが多く、残り10年程度しか運営できない可能性があります。
このような問題があるため、バイオガスの電力以外の用途や製品などの収益源を北海道の自治体やバイオガスプラントを運営する企業が探しており、大久保教授と研究グループの研究に光が当てられたのです。