SDGsを意識しない。それがスポーツの強みになる
ソトコトNEWS スポーツを通してSDGsに対する活動に取り組まれている廣瀬さん。きっかけは何だったのでしょうか。
廣瀬俊朗(以下、廣瀬) いきなりでごめんなさい。本音を言えば僕はあまり“SDGs”を意識してはいません。関わっている活動が自然とSDGsにつながっているだけで、持続可能な開発目標の達成のために取り組んでいるわけではありません。でも、それがスポーツの魅力だと思います。
アスリートやスポーツに対するイメージってどんなものですか?真面目、努力、健康、チームワーク…、ラグビーで言えばタフやひたむき、多様性、そして流行語にもなった「ONE TEAM」を思い浮かべる人もいるかもしれませんね。選手が一生懸命にプレーする姿を通して、皆さんが思い浮かべたようなスポーツへのイメージが育まれるからこそ、僕らの活動への思いは自然と受け止めてもらえる気がします。「おっ、廣瀬が何かやってるぞ、ええことやっとるな。応援したろ」となってくれれば何よりも嬉しい。スポーツやアスリートを起点に社会課題に関心を持ってもらう、その流れでスポーツとSDGsがつながっていけばいい。僕はそう思います。
僕が社会課題への関心を強く持つきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災が大きな経験でした。ラグビーの盛んな岩手県釜石市を震災後4カ月後にボランティアとして訪れました。想像を絶する状況、自分一人の手では何もできない無力感とともに、たくましく生きる人々の姿に胸が熱くなりました。
その後さまざまなご縁を頂く中で、多くの社会課題に目が向くようになりました。同じアスリートとしてブラインドサッカー日本代表の選手や車いすラグビーとつながり、コロナ禍では学生選手やプロスポーツ選手のキャリアサポート、今はフードロスやみそなど日本の伝統食を守る活動にも関わっています。なんでしょう?『もっとおもろくしたい』という関西人の血が騒ぐんですかね。スポーツもこれらの活動も思いは同じ、楽しいことって長続きするじゃないですか。そういう意味でも、スポーツとSDGsは良い関係性にあると思います。
思いをつなげてGOALへ。目指すのはOne for all,All for one
ソトコトNEWS ワクワクを楽しみながらスポーツ感覚で社会課題の解決をトライする廣瀬さんの取り組み、具体的な活動について教えてください。
廣瀬 2019年のラグビーワールドカップ日本大会では出場国の国歌やアンセムを歌う「Scrum Unison」という活動に取り組みました。これは僕自身、ラグビー日本代表として感じたことが大きい。2015年のワールドカップイングランド大会の際、試合前に観客がアンセムを歌っていました。スタジアム全体が一体になるような、とてつもない高揚感でした。「4年後の日本大会でもこんな雰囲気を作れたら良いな」と思い、仲間を誘って活動を始めました。歌うことでその国や地域のことを理解する、文化や風習、宗教など多様性を認め合いひとつになれる。2019年の大会では、日本人が歌詞カードを手にアイルランドのアンセムを歌う姿や、ウルグアイ国歌を熱唱する子どもたちの笑顔が世界に発信され、国内外で話題を集めました。
しかし、その後のコロナ禍でスポーツは厳しい状況に陥りました。学校の休校、部活動の停止、大会の中止…、ほんまに苦しかったと思います。スポーツを続けたくても続けられない。全然サスティナブルな状況じゃなかった。学生アスリート支援に向けて一般社団法人「スポーツを止めるな」を大学時代のラグビー部の先輩と立ち上げ、オンライン上で学生アスリートが自身のプレーをアピールし、進学など次のステージでも競技を続けられるよう支援するプラットフォームを作りました。活動を通じて、大学進学やプロ契約など道を開くことができました。
キャリアに不安を感じているのは学生だけではなくプロアスリートも同じ。引退後、僕自身も何をしていいのかわからない時期がありました。スポーツに育てられた僕らアスリートは、やっぱりスポーツで得た力を社会のために役立てたい。でもやり方がわからない。1人で悩むのではなく皆で気づき、学ぶ場を創ろうと一般社団法人「アポロプロジェクト」を仲間と設立しました。アスリートのキャリア教育プログラム事業を通して、Jリーグ・アルビレックス新潟の田上大地選手は、ホームゲームの開催に合わせて、サポーターへ家庭で余った食品の提供を呼びかけ、寄せられた食品をひとり親世帯に寄付するフードドライブへとつなげました。
スポーツやアスリートを通して人や地域、社会がつながっていく。僕自身としても「TEAM FAIR PLAY」と名付けたプロジェクトを2021年に立ち上げました。まだまだ小さなアクション、活動の周知や継続が課題ですね。今は車いすの方々へのサポートや学校や企業などを訪問し、講演会やワークショップなどを通じてスポーツから学んだチームワークの育み方や課題解決へのプロセスなどを伝えています。今後もさまざまな活動を通してもっと多くの人と関わっていきたいと考えています。
新しい選択肢を。そのきっかけに僕はなりたい
ソトコトNEWS 廣瀬さんのスポーツマンらしさあふれる熱い思いが伝わってきます。この熱量は人を動かし、社会を動かす力があるような気がします。
廣瀬 そう言って頂けるのはありがたいですが、現実はなかなか厳しい。僕らのアクションですぐに社会がすぐに変わっていくとは思っていません。目指しているのは、“変わる”きっかけ作り。
今年開幕したラグビーの新リーグ「リーグワン」の会場で、みそ汁とおむすびを販売しました。みそ製造大手「マルコメ」さんなどの協力の下、知人の農家から規格外野菜や、流通の過程で食べられるのに廃棄されてしまう食材などを仕入れて調理。規格外や一部が痛んだことで捨てられてしまう食材でも工夫すれば食べられること、食品ロスへの関心を持ってもらうことが狙いでした。仕入れたジャガイモの結晶化した部分を一つ一つ取り除くのにメンバーは一苦労、でも何度もお代わりしてくれたお客さんの喜ぶ顔が嬉しかったです。
もう一つの狙いは、「カラダにええものを食べてほしい」というアスリート視点の思いです。スポーツ選手は体が資本、食事にもこだわりを持つ人が多い。スタジアムフードにありがちなスナックフードとともに、健康志向なフードメニューがあっても良いと思うんです。選べることが大切。これから先のことも考えたら、海外からのファンが増えていくこともあるかもしれません。そうなったら、ハラルフードなども取り入れることも大事でしょう。あれも良いな、これも美味しそうだなって。選べるのってワクワクするじゃないですか。
スポーツは人を育て、社会を動かすエネルギー
ソトコトNEWS 行動力と多彩なアイディア、どのようにしてその力は養われたのでしょうか。
廣瀬 子どものころはどちらかと言えば控えめな方でした。小学5年のころ、バイオリンを習っていた僕に先生が「是非、皆の前で弾いてほしい」と演奏を提案してくれました。バイオリンを手に教室の前に立ったら、急に恥ずかしくなって涙がポロポロ。何も弾くことなく授業が終了。シャイな少年でした。
それでもスポーツを通して自分に自信を持つことができた。スポーツは僕を成長させ、たくさんの仲間とのつながりも与えてくれました。自然な流れで、今はスポーツを通して社会に恩返ししたい気持ちで活動しています。
数あるスポーツの中でもやっぱり僕にとってラグビーは大きな存在です。フランスやオーストラリアなど強豪国の共通点を考察する中で、それらの国が僕の大好きなワインの産地と重なっていることに気づきました。「何でやろ」と興味本位でワインについて調べていくうちに、オーストラリアに化学肥料や農薬、除草剤を一切使わず、土地を汚すことのないサスティナブルな農法で作られたワインがあることを知りました。「来年はラグビーワールドカップ、ラグビーへの関心を持ってもらうとともに環境に配慮した美味しいワインを知ってもらうことができたら」と思い、7月16日にオンラインイベント「廣瀬俊朗のワインにトライ!」を企画しました。ワイン農家が目指す持続可能な生産と消費のあり方はSDGsの「つくる責任、つかう責任」にもつながる部分ですね。
さまざまな活動に一貫しているのは「もっと楽しく」、そして「もっとおもろく」。スポーツだから、アスリートだから、そして廣瀬俊朗だからできる社会課題解決へのアクションがきっとあるはずです。そのアクションは自ずとSDGsにつながっていく。僕はそう信じています。
〈お知らせ〉
「廣瀬俊朗のワインにトライ!」第3回目はオーストラリアをテーマに7月16日開催
1981年10月17日生まれ。大阪府出身。元ラグビー日本代表キャプテン。引退後はラグビーをはじめ、障がい者スポーツなど幅広い競技の普及に携わる。アスリートの視点から教育、食、チームマネジメントなどさまざまなシーンで活躍。日本テレビ系ニュース番組『news zero』に木曜パートナーとして出演中。株式会社HiRAKUの代表取締役。